苦悩から歓喜へ

苦悩と歓喜。これはベートーヴェンを演奏する上で外せないキーワードかも知れません。

今日はオーケストラ・オン・ピリオド・トウキョウと東京クラシカルシンガーズの定期演奏会に出演してきました。会場はいつもながら素晴らしい響きの浜離宮朝日ホール。

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先月もアゴラでベートーヴェンのミサ・ソレムニスをやったばかりで最近ベートーヴェンづいてますが、OPT&TCSとも以前ベートーヴェンの若かりし隠れた名作「ヨーゼフ二世の死を悼むカンタータ」で興奮した記憶があり、僕は意外とベートーヴェン好きのようです。(まぁ、学生時代にピアニストのルドルフ・ゼルキンのベートーヴェンを聴きまくったのもあるかも。)

前プロはモーツァルトのVesperaeで、これも名曲ではあるのですが、ベートーヴェンと並べるとちょっとテンションの差があり過ぎて、同じ高さの音でもモーツァルトの方が低く感じてしまう位でした。不思議なものです。合唱がメインでソロがちょこちょこしかないからも知れませんが、今回はTSCが素晴らしいハーモニーを聴かせてくれて、以前より上手くなったなぁと関心しました。

そしてベートーヴェンのオラトリオ「オリーブ山上のキリスト」です。バッハの受難曲などでもキリストが死を前に苦悩する重要なシーンですが、ベートーヴェンは正にここだけに焦点をあて、聖書の言葉ではなく、オペラ台本作家で詩人のフーバーの言葉を用いています。僕はここにベートーヴェンらしさがあると思います。
典礼として定型化されてきたものではなく、それを踏まえた上で神であるキリストが人の子としてこの世に産まれ、人のために死を自らが受け入れる、人間的なイエスの揺れる心情、苦悩、そしてセラフィムに支えられ死を受け入れ、自らの定めに喜びを持って進んで行く様をベートーヴェンは表現したかったのではないかと思いました。それは第九にも繋がり、ミサ・ソレムニスにも繋がる一つの儀式を超えた人間と神との会話ではないかと。

こらまでの作曲家の多くはイエスを神格化し、落ち着いた声のバスで表現しました。しかしベートーヴェンがイエスに選んだのがテノールというのが、モーツァルトの魔笛のタミーノが試練に打ち勝ち、真の愛を手に入れる姿と重なり、より感情的で劇的なイエスにしたなかったのかなと思いました。(勝手な僕の考えですが…)

このOPTというオーケストラはアマチュアながらオリジナル楽器に拘り、当時のベートーヴェンが求めた音を見事に再現しました。こういうオーケストラはとても貴重で、モダンでは気づかない事を色々と気づかせてくれます。

僕は今回はこの所の忙しさでちょっと風邪気味になり、前日まで危なかったのですが、なんとか本番には問題なく声が出てホッとしました。僕が歌ったのはペテロというイエスを捕まえにきた兵士に怒って切りかかる弟子の役でしたが、そのシーンも含め、オラトリオ全体がオペラの様でした。それはヘンデルのオラトリオを思わせ、やはりより劇的なものを求めたのではと思いました。

こうしたなかなか演奏されない隠れた名曲をこれからもここOPT&TCSは発掘していって欲しいです。
皆様お疲れ様でした!!!

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バリトン歌手
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